応援されるチームとは

【応援されるチーム】

今年のチームのテーマであり、目標。

ここで応援されるチームって何かなとふと疑問に思う、というより考えてみた

先日、後援会の飲み会に参加させてもらった

うちの高校サッカー部にはとても有難いことに、後援会というものが存在する

その会では、かなりサッカー部の活動に対して前向きでサポートをしてくださり支えてもらっていることを再確認させてもらった

そこでふと思った

OBがどんな活動をしているのかさっぱり知らない

単純にOBの応援、卒業生の活躍を全く応援できてねえじゃん。と

また、地域の方にも貢献ができているのか…

地域の祭りに参加させてもらったり、八王子の夢駅伝なんかには積極的に参加させてもらっている。

でも、地域の方を応援できているのか?

これでは、【応援されたいチーム】だよな。と

【応援されるチーム】になるためにはもっと単純で地域の方との繋がり、OBとの繋がりを大切にするべきだなと

形に賛否両論は出るかもしれないが、試してみたいことはある

構想を練っているだけで終わりたくないので、実行あるのみ

現監督が思い描くチームに、前監督からの繋がりを大事にして進めて行きたい

継続

継続のコツ

継続の難しさをこの年齢になって特に強く感じる

最近はよくいろんな方の継続のコツを吸収しようと取り組んでいるところで…

メンタリストのDaigoさんが発信していたこのような考え方

今出来ないことは続かない

いやまさにその通りだな。と

今できることを少しやる

それ以外に方法はないんだと

改めて指導する側としても

よくなる為の裏技なんかなくてコツコツやることが全て〟だなと実感したってはなし

練習

練習の為の練習

よく指導者の世界では【練習の為の練習にならないように】ということが話題になる

たしかにそう思う

練習は試合で必要な技術を身につけることが目的だから

でもそもそも練習の為の練習であっていいんじゃないか

その練習に試合で必要な能力を身につける効力があるなら練習の為の練習でもいいんじゃないか

たぶん多くの人は受け入れられない

でもたぶん、本質はそういうこと

その練習のメニューを本気で挑めば、試合で必要な技術が身に付く

それも立派な練習の為の練習なんだろう

所ジョージ

所さんにハッとさせられた話

『自分が苦手な人にいいことを教えることない』

いや、本当その通りだなとハッとさせられた

最近本当によく、【何故こんなに意味のないことをしているんだろう】【何故それは変えないんだろう】

が連発してしまい話し合いをしてしまった

それかなり長い時間…

そして結論は何も変わらなかった

本当に面白いほどに何も変わらなかった

かなり時間をかけて良い方向に進めようとした努力はただ無駄になった

二重業務をしていたり、意味もなく出社させたり、自分と同じ苦しい想いをさせようとしたり…

そんな時に所ジョージさんが話している動画を見かけたんです

『自分が苦手な人に良いことを教える必要はない』

『間違っている人にこうした方が良いと言っても変わらない

もれなくそういう人は変な信念をお持ちで絶対に変わることはない』

『あっ..この人間はこういう風にお暮らしになって息絶えていくんだろうな。と見守るしかないんですよ』

その通りだなと。

自分の時間がもったいないなと…

所ジョージさん…さらに好きなりました。

生存競争

生き残るということ

生き残ることは自分本位だ

本当にそうだろうか

その組織や人間が生き残ることで救われる多くの人間がいるのではないだろうか

僕の周りでは、生き残らないでもらった方が良い人間が溢れかえっている

さらには、組織の上に居座っている

何かを動かし、よくしているわけでもなく居座っている

そんな人間を退けて生き残らなければならない

周りの人間は言う

『そんなことしても意味がない…どうせ潰される』

やってみないとわからないので変化してみます

思考

脳が死んだ大人にならないように

周りに『今までそうしてきたから』『そういうものだから』という理由で全く生産性のないことを繰り返している、または意味のない制度を続けてしまっている大人が溢れかえっている

正直、かなり驚いている

母校で指導をしている身だが、こんな大人たちに教育を受けていたのかと鳥肌が立った

特に何も考えずにいる、【判断】や【理解】から一番遠い大人達から教育を受けてきたと考えるとそういう大人に自分もなってしまうのではないかと恐怖を感じる

そして反面教師がいてよかったと思ってもいる

【勉強しよう】本当に心の底からそう思った

教育する立場で一番必要必要なのは勉強することだと再認識した

伸び代

本質

とても残酷で受け入れ難いがかなり納得したことがある

〝やる気のあるやつは危ない〟

この言葉の真意は頑張って努力してきてこの程度…

確かに、言葉の通りであることが多いのではないか

指導者の観点からすると、努力している姿勢や頑張っているという意欲のあるものを評価したい気持ちになる

これは指導者あるある、いや、日本人ではあるあるなのではないだろうか

これも凝り固まった概念の一つなのではないかとハッとさせられた

そこまで熱量があり努力を続けていないのにも関わらず、努力しまくってきた選手達と同じ土俵に立っているのだとすれば伸び代があるのは努力していない選手なのではないだろうか

そしてその努力してこなかったこの伸び代のある選手を【話を聞かない生意気なやつ】として消してしまわないように発掘すること、努力のできる人間に育てていくことが指導者の役割なのではないだろうか。

大人

大人がアホ過ぎる

周りに一人か二人はやばい大人がいるのではないだろうか

実際に周りにいる現状がある

何か問題を突きたいだけの暇な大人だ

ちなみにかなり時間を無駄にしていることはわかっているが

本当に鬱陶しくてたまらなかったので書かせてもらった

ちなみにこの人が何か、生産性のあることをしている場面をみたことがなく、

他人の仕事を増やす天才だと思っている

成田雄輔さんも言っていた〝世の中には働かない方が良い人間がかなりいる〟

確実にその一人だろう

発散したアウトプットになりました

標準装備

標準装備

サッカーにおいて何が必要であるか

どんな戦術や、技術が必要であるか

この話はよく指導者間、選手からも質問される

しかし、まずは身体能力を最低限の基準まで引き上げることは必須だ

ベンチプレスもバーが上がらない

20分走るとバテる

とかそういう次元で質問してくる

まずは、運動をする為に必要な能力をつけてくることは一種の【マナー】ではないだろうか

サッカーが上手くなりたいという意志を表明するという【マナー】

目的と手段

努力するって素晴らしい

この言葉は危険だ

努力することが目的になりかねない

日本人は過程を美徳とする習性がある

たぶんその方が楽だから…

結果を残していなくても、〝努力〟したことが美しくなれば責められることはない

たしかに過程を美徳にした方が楽だ

過程が大切ではないとは言っていない

もちろん過程はものすごく大事だ

なぜその成功が生まれたのか

再現性を高めるためにも過程は重要である

しかし、手段が目的化されていることをよく見かける

日本人の危険な習性が一つ

【休むのが下手】

そしてこれは部活でも如実に現れている

【練習をすること】が目的となってしまっているケースが多い

練習は【上手くなる手段】であることを忘れてはいけない

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